今週はイギリスの魅力を文化の視点から紹介している、ジャーナリストの長谷川喜美さんがお届
けします。
all pictures from the book SAVILE ROW by Edward Lakeman
世界で唯一、「紳士服の聖地」と呼ばれる場所がある。
ロンドンの中心部メイフェアに位置するサヴィル・ロウ。
日本語の「背広」の語源が英語のサヴィル・ロウに由来するというのは、今や多くの人々が知っ
ている事実だろう。
英国王室御用達の老舗をはじめ、紳士服の仕立屋であるテーラーが30店以上も軒を連ねる世界で
も有名な通りである。
ここで特に名高いのは「ビスポーク」とよばれる注文紳士服だ。
英語の「ビスポークBe-Spoken」は本来「話し合う」という意味を持ち、
顧客と店側の話し合いによって作られるのが伝統なのだ。
相互の話し合いが重要とされるビスポークのテーラーでは採寸に始まり、
一着のスーツが完成するまで、一人の顧客を担当するのがカッターであり、
スーツ作りのすべての鍵を握る。
カッターが採寸したサイズから型紙をおこし、
その型紙に添って服地を裁断し、仮縫い、試着を繰り返す。
はじめてスーツを作る時は完成までに3~4回の試着を必要とし、
平均単価は一着のスーツで約£3,000(£1/155円換算で465,000円)となる。
「一度、ビスポーク・スーツを着たら、既成服は着られなくなる」
とされる快適な着心地、厳選された服地と最高の技術で作られるスーツを求めて
世界中の顧客がここサヴィル・ロウにスーツを作りにやってくる。
ヨーロッパのメンズファッションの歴史では、イングリッシュ・スタイル、
ひいてはサヴィル・ロウが常に世界を率いてきた。
サヴィル・ロウの創立者と呼ばれる老舗テーラー、ヘンリー・プールの創業は1806年。
1900年初頭には14名のカッターと300人のテーラーを抱えた
世界最大のテーラーであり、日本の旧宮内省を含むヨーロッパ各国の王室から
40に及ぶロイヤルワラント(英国王室御用達)を獲得している名門である。
ウィンストン・チャーチルや吉田茂、白洲次郎のテーラーとしても名高い。
サヴィル・ロウでロイヤルワラントを持つテーラーはヘンリー・プールだけではない。
三つ全て(現在はエリザベス女王二世、エディンバラ公、
チャールズ皇太子)のロイヤルワラントを持つギーヴス&ホークスを始めに、
長い歴史を持つ多くのテーラーが集結し、そのどれもが一定以上の
クオリティを保持している場所はこの場所以外には存在しないだろう。

ギーヴス&ホークス
世界最大の王室である英国王室の庇護のもと、軍服と礼服の需要のもとに、
サヴィル・ロウはスーツの起源当時から世界最高のクラフツマンシップを誇ってきた。
二百年を超える伝統を持ち、メンズスタイルとクラフツマンシップが融合した、
世界でも唯一無二の場所といえる。
現代のファッションの中心はパリ、ミラノかもしれないが、
サヴィル・ロウの名が示すステイタスは現在も色褪せることはない。
常に世界のミリオネアやセレブリティーは究極の富の象徴として、
ヨーロッパの金融と貿易、政治の中心であるロンドンを目指してきた。
メンズスタイルにとってスーツは必要欠くべからざるもの、
単なるファッションを超えたものだ。こうして常に世界最高の顧客は、
ロンドンのテーラリングの聖地サヴィル・ロウを求めてきたのだ。
ロンドンとメンズファッションに興味がある方なら、
一度はサヴィル・ロウに足を運んでみてはいかがだろうか。
ビスポーク・スーツのみを取り扱い、アポイントが必要な店も多いが、
前述のギーヴス&ホークスは既製服からビスポークまで幅広い品揃えを誇り、
理容店(バーバー)や靴磨き専門のサービスなども店内に備えている。
中2階に展示されたミリタリーなどの貴重なアーカイブも必見だ。
「紳士服の聖地」でグルーミングをするのも興味深い体験になることだろう。
サヴィル・ロウ1番地に店を構えるギーヴス&ホークス
今まで語られることの少なかった紳士服の聖地サヴィル・ロウ。
その現状はどうなっているのだろうか。
時代の流れの中で大きく変貌を遂げるサヴィル・ロウ、
徹底した現地取材でその実像に迫ったフォトドキュメンタリー
『サヴィル・ロウ』
( 著者:長谷川 喜美 撮影:Edward Lakeman 万来舎 3,570 円 )
イギリスを中心としたメンズスタイルにご興味ある方は
毎週更新するブログ『紳士の叡智 A Gentleman’s Wisdom』も合わせてどうぞご笑覧ください。